かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

五所平之助監督『煙突の見える場所』(1953年)

煙突の見える場所(DVD)

見る場所によって1本にも2本にも4本にも見えるというおばけ煙突が、かつて北千住にあった。サイレント時代からのベテラン五所監督は、23本目のコンビとなる田中絹代と得意の庶民派喜劇の最高傑作を作り出した。


(「第21回国際映画祭」の解説より)


昭和20年代の北千住。閑散とした荒川放水路の景色、土手の向こうに、場所によって3本になったり、4本になったり、2本になったりする、通称<おばけ煙突>が見える。


映画は、この荒川の土手周辺に住む長屋の人々の話。


どこまでがロケで、どこからがセットなのか、ぼくには見分けがつかないが、戦後の下町の風景が、精密に描かれていて、これを見ているだけで、たのしい。


主人公の緒方(上原謙)と妻の弘子(田中絹代)は、二階に二人の間借り人(高峰秀子芥川比呂志)をおいているために、性生活にも気をつかわなければならない。そのこともあってか、夫婦のあいだは、小さなことでついギクシャクする。


緒方は、けっして妻にやさしい男ではない。上原謙は、生活臭い夫の役柄が意外に似合う、とおもう。


優柔不断で、時々妻に冷ややかになる夫といえば、成瀬巳喜男監督の『めし』や『夫婦』など、上原謙が夫役を演じた一連の作品を連想させる。


妻弘子を演じた、田中絹代のやつれ方は、すごい。髪は乱れ、お世辞にも美しいとはいえない。


1度だけ、着物をきちんと着るシーンがある。夫は意外な妻のはなやぎに性欲を覚え、手をひいて妻のからだをたぐりよせる。夫婦の<性>を、控えめだが、計算にいれて描いてる。


五所平之助監督は、生活のディテールを描くのがうまい、とおもう。映像にとらえられた昭和20年代の日本が、強い郷愁を誘う。その頃の日本のひとたちが、どんな風に暮らしているかが<生活資料館>でも見学しているようによくわかる。いまみると、そういう視点がとっても興味深い。


でも、それだけではない。


長屋の周辺のひとたちの描写にも、神経が配られている。映画としては小品だが、惹きこまれてしまう力がある。