かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

原恵一監督『はじまりのみち』(公開中)


二十四の瞳』などさまざまな傑作を世に送り出し、日本映画の黄金期を築いた木下恵介監督の生誕100年記念作。戦時中、同監督が病気の母を疎開させるためリヤカーに乗せて山越えしたという実話を軸に、戦争という時代の荒波に巻き込まれながらも互いを思いやる母と子の情愛を描く。


河童のクゥと夏休み』などで知られる日本アニメ界で著名な原恵一が監督を務め、初の実写映画に挑む。若き木下恵介役には加瀬亮、母たまを田中裕子、恵介の兄・敏三をユースケ・サンタマリアが演じる。
(「Yahoo映画」の解説より


気忙しい半月だった。5月26日には娘の結婚式があり、6月2日はアパートの引っ越しがあった。


娘の結婚は、小津安二郎監督『晩春』や『秋刀魚の味』のように、娘を失うさびしさに襲われるのだろうか、という事前の想いがあったが、まったくそんなことはなくて、終始たのしかった。


ただ生来のあがり症から、人前で何かするのが苦手なので、親族紹介や、教会の赤い絨毯の上を娘と腕を組んで歩くのには、困惑した。


親族紹介はしどろもどろで、ふだん親しく接しているひとたちの名前が出てこなくなって困った。娘と歩くのでは、歩調が気になって、足元ばかり見ていたような気がする。


転居というのはくたびれる。去年練馬区から板橋区へ引っ越し、今回また練馬区へ戻った。足回りは便利になり、部屋はだいぶマシになったが、その分部屋代もあがることになる。


部屋さがし、引っ越し屋さがし、そして妻との部屋片づけ・・・いろいろなことがやっと6月8日におわった。もう、しばらくはこのアパートを動きたくない。



引っ越しの後片付けにきた妻といっしょに「ワーナーマイカル板橋」へ原恵一監督の『はじまりのみち』を見にいく。好きな俳優のひとりである加瀬亮木下恵介を演じるとなれば、見ないわけにはいかない。


若き日の木下恵介の、一言でいえば「親孝行」の逸話を映画化したもの。一家が疎開するのに、病気の母をバスで運ぶのは体によくないと恵介が頑固に主張し、リアカーで50キロの山道を運ぶことになる。同道するのは、兄と便利屋のふたり。


50キロの道のりは険しく、天候も晴れや曇りの日とは限らず、雨の可能性も読まなければならない。そもそも、周囲の反対を押し切って断行したこの恵介の判断が正しかったのか、という疑問がわたしには残ってしまう。



木下恵介監督は、映画『陸軍』のラストで、出兵する息子が行進する行列を、追って追って追いかける母(田中絹代)の表情を延々と映した。そして母は、最後に行軍の後ろ姿に合掌する。


無言のその母の表情は、可愛い息子を戦場へ送り出す母の悲しみを十二分以上に描いている。最後の合掌は、息子の無事生還を願う祈りのようにみえる。


だから当然、映画『陸軍』は、軍の検閲で、「戦意高揚に役に立たない女々しいもの」と睨まれるが、いまとなっては木下恵介監督の映画経歴にとって、最高の勲章のひとつだろう。


この『陸軍』の母と子の強い結びつきを、木下恵介監督の実話をもとに描いてみせたのが、本作『はじまりのみち』だった。



加瀬亮は、涙に鼻水を垂らして力のこもった演技。しかし、個人的にはもうすこし飄々とした軽めの加瀬亮のほうが好きだ。


加瀬亮、田中裕子の熱演のなかで、ユースケ・サンタマリアの少し力のぬけた演技が好ましい。


ユースケ・サンタマリアは、恵介の兄の役。


頑固な弟の親孝行につきあわされる。しかも、親孝行の手柄の大半は弟の方にいってしまうのは、損な役割だったのではないか、と、素直でないわたしは、この兄に同情してしまう。


最後に戦後の木下恵介監督作品が次々ダイジェストで登場する。圧巻だ! その多彩な作品群に、目を奪われる。