かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

「有りがたうさん」の映画と原作。

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清水宏監督の『有りがたうさん』(ありがとうさん)は、わたしの大好きな映画のひとつ。いま、この名画がYouTubeで無料で見られる。



Mr. Thank-You / 有りがとうさん (1936) (EN/ES)



路線バスが、伊豆のつづら折りの道を走る。まだ舗装されていない道路には、旅人がいる、行商人がいる。旅芸人がいる。馬車がいる。昭和10年くらいの風景だ。


そんななかを路線バスが走っていく。路線バスの運転手は、道を譲ってくれるひとたちに(馬にも)、「ありがとう! ありがとう!」と礼をいいながらぬいていく。それで、その運転手さんを、乗客や街道の旅人は「ありがとうさん」と呼ぶようになった。


清水宏監督の『有りがたうさん』は、そんなのどかなロードムービー。乗り合わせた乗客は、それぞれ問題を抱えているけれど、よけいな詮索は登場人物たちも、この映画もしない。路線バスに乗り合わせ、ひと時を一緒に過ごし、目的地に着くとそれぞれに別れていく。


洗練された作品である。



川端康成の原作は、『掌の小説』(電子書籍もあり)に収録されている。


掌の小説 (新潮文庫)

掌の小説 (新潮文庫)



Amazonから電子書籍をダウンロードして、まず、はじめに原作の「有難う」を読んでみた。


原作に登場するのは、映画でも登場する、乗客の母と娘。家が貧しく、この娘は、街の男性相手のお店へ売られていこうとしている。


娘の母は、娘が、「ありがとうさん」が好きなのを知っていた。母は、「ありがとうさん」に、娘が街へいくまえに、はじめての相手をしてくれるように頼む。


バスは、乗客をおろして1泊する。


どうやらその夜、母が願った娘の想いは遂げられたようだ。


翌日。「ありがとうさん」のバスで、母も娘も昨日きた道を帰路に向かう。



渋谷宏監督が川端康成の原作を巧みにふくらませ、原作にはなかった魅力的な人物を乗客に設定している。そのなかでも、流れ者風の女(桑野通子)のキレ味のいい美しさは忘れがたい。「寅さん」シリーズに登場するリリー(浅丘ルリ子)を連想させる。