かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

ジョン・レノンのこと〜3度目の映画『イエスタディ』(11月17日)。

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11月17日、日曜日。


川越では11月15日から映画『イエスタディ』の上映がはじまった。東京より2週間くらい遅い。


わたしは東京で2回見ていたが、妻がまだ見ていないので、もう1回見ることになった。


「ウニクス南古谷」で、午後2時からの上映を見る。くどいから基本的なことはもう書かない。


あらためて思ったのは、個性的な脇役づくりのうまさ。


まずはジャック(主人公)のロードマネージャーのロッキー。ドラッグ中毒だけれど、めっぽう明るくって画面に登場するだけでたのしい。


飛行機のなかでエド・シーランにわけのわからないジョークをぶつける。ふしぎそうに、でも怒ることなく、寛容にエド・シーランは受けとめる。自然にエド・シーランの好ましいひとがらが描写されている。そういうシーンだ。


いいかげんな男ですぐ仕事をクビになってしまうようだが、ジャックのロードマネージャーをするようになってから、よくサポートしている。


リバプールで、ジャックを飛行機にのせなければならない緊急時でも、ジャックの恋人・エリーの食べているものを、テーブルからちょっとかすめてつまむのを忘れない。


深刻な話をしているのに、エリーが「とらないでよ」って、食べ物のことでちいさな子供みたいに怒るのも、おもしろかった。エリーを演じたリリー・ジェームスのかわいいこと。ときどきどん臭い感じがするのも、よけいにかわいい。


ジャックと、友だちのギャビンと、いっとき二股をかけるひどい女性でもあるけれど、リリー・ジェームスがかわいいから、それも「まあ、いいか」って許されるような気がする(そう思うのは、わたしだけ?)。


ジャックの古い友だちで、ジャックが無名時代でも、ビートルズの曲で有名になってからでも、いつも「サマー・ソング」をリクエストする男も、たのしい。


この男、ビートルズをめぐる騒動とは関係なく、「サマー・ソング」だけを聴きにジャックのライブにきているようだ。こういう脇役を創造したアイディアってすごい!


芸能界にいかにもいそうなやり手の女性マネージャーもいい。監督・脚本は、ほんとにうまいな。類型ではなく典型として、アメリカのビジネス界にいそうな仕事に情熱を燃やす女性を登場させている。私情をはさまない。お金を生み出すことだけに情熱を傾けている。この徹底ぶりが可笑しい。


しかし、こういうセンス、ビートルズ初主演映画『ハードデイズ・ナイト』とすごく共通している。ドタバタというよりも、ひとりひとりのキャラクターにくすくす笑わされてしまう。


『ハードデイズ・ナイト』の脇役、背の低いマネージャー、いじわるなポールのおじいさん、神経質なテレビのディレクター、みんな可笑しかった。笑いの感覚が似ている。


『ハードデイズ・ナイト』が映画としてもすばらしいのは、ビートルズの4人はもちろん、脇役の登場人物たちが、ひとりひとりとてもたのしいキャラクターを発揮しているからだ、とおもう。


イギリス独特のユーモア・センスなんだろうか?



ジョン・レノンが亡くなったのは、1980年12月8日(日本時間では12月9日)。40歳だった。


それまで5年間くらい音楽界から身をひいていたジョンは、40歳を再スタートの年と考えていた。そのころのあちこちのインタビューで、再スタートの覚悟とよろこびを語っている。


リンゴ・スターがニュー・アルバムでカバーしたジョンの遺作のなかの1曲「Glow Old With Me」は、これからもずっといっしょに年齢を重ねて行こうよ、とわたしたちによびかけている。


歌のなかでよびかけている直接の相手は、妻や恋人なのかもしれないが、わたしたちはこの歌を、ファンへのよびかけとして受けとった。


リンゴが1981年に発表予定だった『Stop And Smell The Roses(邦題:バラの香りを)』に、ジョンは「Life Begins at 40」という曲をプレゼントしている。


しかし、リンゴが発表したアルバム『バラの香りを』に、「Life Begins at 40」は収録されていない。


リンゴは、「ジョンが突然亡くなってしまって、人生は40歳からはじまる、なんて曲を歌えるわけがないよ」というようなことをいっている。



それから38年経って、リンゴはジョンの遺作のひとつ「Glow Old With Me」をニュー・アルバムのなかに収録した。


長い時間が経過して、ジョンがわたしたちに「いっしょに年齢を重ねていこうよ」とよびかけた歌を、79歳になったリンゴ(リンゴはジョンと同じ1940年生まれ)が、歌っている。


リンゴはジョンの死で収録できなかった「Life Begins at 40」のことを想い出しながら、それではない「歳をとることへの祝福」を歌ったもうひとつのジョンの曲をカバーしたのではないか。



前置きが長くなったけど、このあと映画『イエスタディ』の「秘密」に触れますので、これからこの映画を見るひとは、あとは読まないでください。


ジャックはビートルズの曲を拝借して大成功をおさめていることに、つねに罪悪感を感じている。


「それは盗作だよ」と、ポールとリンゴがついに現れる夢を見て、ハッとする。


さらに、ビートルズのいない世界で、ビートルズを知っている夫妻が、ジャックを訪ねてくる。ジャック以外に、ビートルズを知っているひとたちがいたのだ。


ジャックは、彼らが自分の盗作を暴くためにきたのだ、とおもう。


が夫妻は、ビートルズをこの世界に伝えてくれてありがとう、と感謝のことばを伝える。ジャックとこの夫妻は、「イエロー・サブマリン」「オクトパス・ガーデン」(どちらもリンゴの歌う歌)を歌って、無邪気によろこびあう。


妻がいう。「ビートルズのいない世界は退屈だわ」。


そのとき、夫妻は何かのメモをジャックに渡す。





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映画のジョン・レノン





メモを見て、ジャックは、ある海辺のちいさな一軒家を訪れる。


なかから出てきたひとが誰だか、おそらく観客は説明されなくてもわかる。ドキッとする。よく似ている。


ジョン・レノン78歳になったジョン・レノン


父親の職業だった船乗りを生業(なりわい)として78年間生きてきたジョン・レノンがドアの向こうに立っている。


ジャックは、ジョンに、人生が幸せだったか、とたずねる。


世界中をまわって、愛するひとと暮らして、幸せだった、と78歳のジョン・レノンはこたえる。


ジョン・レノンは、もしビートルズでなかったら、「有名人なら誰でもよかった」という狂人に、殺されることはなかった。


歌にはできなくても、彼は、じっさいの人生で「Glow Old With Me」や「Life Begins at 40」のようなしあわせな人生を生きたかもしれない、そのことをこの映画はわたしたちに伝える。


ジョン・レノンが亡くなってから、なんどもわたしは彼の登場する夢を見た。夢から醒めて、「もうジョン・レノンはいないんだったな」と、あらためて知らされるさびしさを味わった。


ビートルズのいない世界に、もしいいことがあるとしたら、この地球のどこかで78歳のジョン・レノンが元気で生きている可能性がある、ということかもしれない。


そんなことを考えながら映画館を出た。