
9月2日㈫。朝、小雨。
朝仕事へいくSさんに川越駅まで送ってもらう。天気予報に雨マークがついていたので折りたたみ傘をカバンに入れる。
ここへきて「脊柱菅狭窄症」の痛みも薄れ、「整形外科」の診療もひとまず終了した。
今日は、ひとりで東武練馬駅(練馬区と板橋区の狭間)まで電車で行き、3〜4ヶ月ぶりの散髪と、もう一度映画『国宝』を見てくる予定。
ただお酒は川越駅へもどるまで飲まない、という約束をSさんとする。
「泥酔転倒救急搬送」から約1年半が経ったけど、まだ映画を見たあと「ひとり飲み」をするまでの信頼を回復していない。
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先に、アパート時代通い慣れた「美容院」(カット1000円)にいく。3〜4ヶ月で伸びに伸びた頭髪を、脇の髪が耳にかぶさる程度にカットしてもらう。
その後、線路を渡って5〜6分、「イオンシネマ板橋」へいく。
映画『国宝』がはじまるまで40分くらい時間があったので、1階のスターバックスで佐藤愛子の短編集『ソクラテスの妻』を読む。
1時中断していたが、吉田修一の小説『国宝下』を昨日読み終えたので、また『ソクラテスの妻』にもどった。
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先に映画を見て、次に原作を読み、再び映画を見る──そういうことになった。

吉田修一の『国宝』は、文体が「ですます」調で通されている。最初ちょっと違和感があるが、すぐ慣れる。
吉田修一作品で、わたしが知る限りでは、はじめての試みのように思うけど、「上下」の長い小説を「ですます」文体で一貫するのは、しんどくないのだろうか?
歌舞伎のことを何も知らないので、先に原作を読んでも舞台のイメージがわかない。その意味では映画を先に見てよかった。
映画を見た時点では原作を読むつもりはなかったが、映画は前半でプツっと登場しなくなる徳次という喜久雄の友達が、原作では重要な脇役として出てくる──という「マー君のママさん」のブログを読んだら、原作も読みたくなった。
【マー君のママさんのブログ】
「長崎編」
https://momo2448.hatenablog.com/entry/2025/08/02/164507
「大阪編」
読んでよかった。徳次をはじめ、映画ではもうひとつ存在感の薄い人たちが、原作では彫り深く書き込まれている。主人公たちに重要な影響を与える人物として描かれている。
例えば──。
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徳次(下川恭平)⋯⋯喜久雄(吉沢亮)の幼なじみ。
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彰子(森七菜)⋯⋯喜久雄の恋人。
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源吉(芹澤興人)⋯⋯花井半二郎(渡辺謙)の付き人&役者。
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一豊(武田創世)⋯⋯俊介(横浜流星)の息子。
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綾乃(瀧内公美)⋯⋯喜久雄の娘。
など。
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3時間の映画『国宝』と、小説『国宝』上下巻──分量のちがいはどうしようもない。
吉田修一の原作『国宝』は大河ドラマ。3時間の映画では納めきれない。
でも反対に、
映画で見られた歌舞伎の豪華絢爛たる美しさは、映像表現ならではのもの。こちらはこちらで原作にはない見どころがいっぱい。
原作を読んで人間ドラマの濃厚な部分がより理解できたけれども、映画の方は人間ドラマを縮少して「歌舞伎の魅力」を、前面に押し出したてみせた──小説と映画の『国宝』は、2つの表現方法で、それぞれ楽しませてくれた。