「誰も知らない」を撮った是枝裕和監督の新作。しかし、「誰も知らない」はよかったですね。あまり内容を知らなくて映画を見にいきましたが、見ていて心がうきうきしてきました。「すごいすごい、うまいうまい、なんてみごとなの」……心で拍手してました。
だから、新作はどうしても見なくちゃ。で、いってきました。黒澤明の「どですかでん」と山田洋次の「たそがれ清兵衛」をたして、是枝流にブレンドしたような作品でした(笑)。このブレンド具合がいい!
とにかく汚い汚い長屋にすんでいるのね(「どですかでん」というより「どん底」でしょうか)。その奇妙なひとたちが映画の主要な登場人物です。落語に「花見のあだ討ち」というのがありますけど、それが着想の下敷きというかヒントになっているようです。長屋の人物たちがみんないいですね。ここは「どですかでん」に通じています。特に、木村拓一演じる孫三郎は、落語の与太郎をそのまま長屋においたようで、これが映画を随所随所でおもしろくしています。
「たそれが清兵衛」の要素は、まずヒロインの宮沢りえ。長屋のなかで、「掃溜めに鶴」ですが、立身出世などを夫に期待しない気品ある女性を「たそれが清兵衛」そのままに演じています(ただし本作では、彼女は後家さん)。彼女は、汚い長屋にすんでいても、気品と明るさを失いません。
もう1つ、武士のプライドになじまない、主人公の性格も、「たそがれ清兵衛」を継承しているようです。さらに徹底しているのは「たそがれ清兵衛」は貧しくても、いざとなると剣術は強かったですが、こちらの主人公青木宗左衛門(岡田准一)は、剣術も全然ダメ(笑)。時代劇史上、こんなに剣戟に弱い主人公を登場させたのははじめて!……かどうかわかりませんが、喜劇でもなければそうはないでしょうね。快挙です!
父のあだ討ちの相手が、近くに住んでいるのがわかっているのに、とても自分の腕では討ち果たせそうもない。それに、どうも、あだ討ちという行為に心魂をこめる気迫が内からわいてこない。あだ討ちが成就すれば、長屋暮しをやめて、仕官の道がひらけることがわかっていても、人情すてがたい長屋暮しも悪くないとおもってしまう。これが主人公青木宗左衛門でございます。あまりにぼくの好み過ぎる人物(笑)。
あだ討ちの相手が浅野忠信、これもいいですね。このあだ討ちの相手もおよそ武士らしくない。ここの子供が、「父ちゃんは、喧嘩になったら逃げろ!っていうんだ」。青木宗左衛門は、あだ討ちの相手に敬意をいだいてしまう。
「花よりもなほ」はこんな映画です。落語を映画で見るようなおもしろさがありますが、ほんのりと奥に「清貧の思想」がはいっております。「国家の品格」ではありません(笑)。