かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

アキ・カウリスマキ監督『浮き雲』(1996年)

失職した夫婦が苦節の末、希望を見いだすまでを、簡潔ながら豊かなタッチで描いた一編。監督・製作・脚本・編集は、「マッチ工場の少女」「愛しのタチアナ」などのフィンランドの異才、アキ・カウリスマキ


(「goo映画」の解説より)


夫婦がほぼ同時に失業。それから、この夫婦にはろくでもないことばかりが起こる。


フィンランドの国情を知らないが、相当生活は厳しいらしい。希望を下げても、なかなか再就職が決まらない。少しだけある資金を増やそうとバクチに幸運を託すと、所持金全部を擦ってしまう。こんな踏んだり蹴ったりの状況がラスト寸前まで続く。つげ義春の世界を映画で見ているようだ。


これだけ不運続きなのに、俳優の表情は能面のようで、そこにふしぎなユーモアが漂う。『浮き雲』は、不運な夫婦のものがたりだが、決して湿っぽくはない。夫婦は自分たちの不運を嘆くことをしない。


全編を包む音楽がすばらしい。そういえば、ファースト・シーンから、男の、ピアノの弾き語りで、はじまる。


ただラストで、夫婦は一発逆転、幸運の兆しが暗示されて終る。これは映画的な救いと観客の安堵感をもたらすためのサービスであるとしても、成瀬巳喜男ならやらない<妥協>ではないかな、とおもった。一発逆転が起こると映画はリアリズムを失ってしまう。


アキ・カウリスマキは、成瀬巳喜男を見ているだろうか?


【注】:こちらにringoさんの感想があります。


★★★


じつは本文より長い追記】(笑)
ringoさんのコメントを拝見して、ぼくは自分の言葉の使い方が適切でないことに気づきました。『浮き雲』のラストを、監督の<妥協>ではないか、と書きましたが、ぼくの気持ちを、うまくいい得ていません。それで、ちゃんと説明できるかわかりませんが、もう少し言葉を補足いたします。


ぼくは、映画的にはあのラストは悪いとおもいません。むしろ成功しているとおもいます。


ずっと不運続きだった夫婦が最後にレストランの経営で成功する、その最後を見て、観客はホッとしますし、気持ちよく映画館を出ることができるとおもいます。監督がたとえば、会社の意向を組んで、あのラストにしなければならなかった、とかいうのでもないとおもいます。


これからの説明がむずかしいのですが、あの映画を見ながら、ぼくは成瀬巳喜男を頭に置き過ぎていたのかもしれません。


現実認識として、アキ・カウリスマキはじつに厳しいものをもっていますね。フィンランド市民の生活の厳しさを鋭く描いています。しかも、描かれる人物は、感情を心のうちに秘めて、それを嘆いたりしないのも、成瀬巳喜男と共通しています。


しかし『浮き雲』のラストを見たとき、ぼくは成瀬巳喜男ではなく、映画『かもめ食堂』を連想しました。どちらも最後にレストランが成功する、という類似点をもっているからだとおもいますが、それだけでなく、『かもめ食堂』が美しいメルヘン映画だという意味と同じく、このラストで『浮き雲』も、じつはメルヘン映画ではなかったのか、と思いつきました。


リアリズム映画としてみれば、アキ・カウリスマキ監督は、ラストに、映画的解決を用意しています。映画のなかの夫婦も、観客もみごとに救われるのですね。映画は娯楽だから、と割り切れば、そのほうがむしろ本道なのですが、そのかわり、監督のさしだした現実認識の厳しさは遠のきます。


成瀬巳喜男はいつもラストが微妙です。『驟雨』では、倦怠期の夫婦がお互いに少しうんざりしているとき、たまたま風船を叩き合って、気持ちを晴らし、笑顔を見せます。これで、観客はホッとして『驟雨』を見終えることができるわけですけど、あとで考えてみると、明日の朝、この夫婦は、またお互いを軽蔑しあっているかもしれないので、風船を叩き合ったのが、長期的な解決でもなんでもない、ということにも思い当たります。これが成瀬流ですね(笑)。


こういう微妙な終り方が、『浮き雲』にもありえたとおもいます。でも、アキ・カウリスマキ監督はそうせず、夫婦の貧困という問題を、映画的に、みごと解決してしまいました。しかし、監督の描きたかったことは、それでよかったのかどうか。


そこをぼくは、不用意にも<妥協>と表現してしまいました。


しかしあとでおもえば、アキ・カウリスマキ監督は、『浮き雲』という作品で、フィンランド市民の生きる厳しさを、メルヘン映画として、ぼくらに見せてくれたのかもしれません。だから、この映画は見ようによると、全編ユーモアにあふれているようにも見えるのです。あの怖いくらい無表情な顔も。


依然スッキリしない説明ですが、それはぼくのなかで、この映画がリアリズムなのかメルヘンなのか定まっていないからだとおもいます。ただ、ringoさんに少しでも、<妥協>の意味合いをおわかりいただければうれしく思って、追記しました。