かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

成瀬巳喜男監督『鰯雲』(1958年)



厚木あたりの農村を舞台にした、ある農家のものがたり。


厚木に赴任している新聞記者・大川(木村功)と、取材先で訪れた農家の未亡人八重(淡島千景)との恋愛が中心のストーリー。


さらに、農地解放のあと、多くの土地を失って、人間としての誇りも失いそうな、本家の父(中村鴈治郎)の苦しみにもじっくり焦点をあてている。


成瀬巳喜男作品には珍しく、田園風景が中心。淡島千景、小林圭樹、司葉子などが、田畑で野良仕事にせいを出す姿が何度も映される。


成瀬リアリズムは、戦後の農家の問題にも鋭く迫っている。背景がじっくり描きこまれているんですね。登場人物たちは、まず食べていかなければならない。そのためには、お金をどこからか工面しなければならない。そういうことが省略されずに、しっかり描かれている。


姑をかかえ、毎日毎日変わることのない畑仕事に生きるよろこびを見失っていた八重が、大川と結ばれてから美しくなる。実際、着物を着た淡島千景は華やいでみえる。


しかし、大川には東京に妻があり、つかの間の恋は、大川が東京へ転勤することで終ってしまう。


大川を駅で見送ることをやめ、この日も八重は汗を拭き拭き、ひとり畑を耕す。東京まで、大川を追っていくことはできなかった。戦後、人は自由になったといわれても、八重は、生きていくためには、この土地から離れられない。


八重が見上げると、空に鰯雲が浮かんでいる。