かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

滝口悠生「死んでいない者」を読む。


死んでいない者

死んでいない者


どういうきっかけか忘れてしまったが、滝口悠生さんの作品は、『寝相』、『愛と人生』を単行本で、『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』は、雑誌「新潮」で、読んでいる。


『愛と人生』は、わたしの好きな「男はつらいよ」が素材になっているし、『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』は、好きなロック・ミュージシャンがタイトルになっているから読んでいてもふしぎはないけれど、滝口悠生さんでいちばん先に読んだのは、『寝相』だった。


なにがきっかけでこの単行本を手にしたのかいまは思い出せないけれど、『寝相』に収録されている三編、「寝相」、「わたしの小春日和」、「楽器」をどれもおもしろくおもって、滝口悠生という作家の名前を覚えたのは、記憶している。


とくに「楽器」では、作品に登場する秋津駅前の立ち飲み屋が実在するのではないか、と、それを検証するために作中人物たちをマネて、秋津散歩を実践したこともある(昼から飲める、というそれらしき立ち飲み屋は、実際にありました)。



なので、「死んでいない者」の芥川賞受賞は、なんとなく親近感をもっていた作家なので親戚のひとが受賞したようなうれしさがあった。これまで読んだ作品から考えて、遅かれ早かれ受賞するのでは、ともおもっていたけれど。


滝口悠生スタイル、とでもいうのか、お通夜に集まったひとたちの一夜が描かれているけれど、登場人物は複数で、そのどの人物が特別な主人公というふうには描かれない。作者は自由に複数の人物のなかに出入りして、時間も現在から、記憶のかなたへ行き来して、一見とらえどころがない。時間的なストーリーが進展していく小説ではなくて、限定された時間(「死んでいない者」の場合は、お通夜のひと晩)のなかで、現在と過去が自由に行き来していくようなふしぎな作品、といったらよいか。


とはいっても、あまり神経質にならずに読んでいきたい。すると、ユーモラスな表現ににんまりしたり、遠い過去の記憶に同じような自分の思い出を重ねたり、この作家特有な心の襞の表現に共感したりと、じんわり自分が滝口悠生の世界にはまっていることに気づく。