かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

成瀬巳喜男監督『秋立ちぬ』(1960年)

銀幕の東京―映画でよみがえる昭和 (中公新書)




昨年12月、川本三郎著『銀幕の東京』(中公新書)という本を読んだら、これがとにかくたのしい。川、都電、看板、狭い路地など……東京オリンピックの都市改造によって失われてしまった「懐かしき東京」を、昭和20〜30年代の映画のなかに発見していこうという、びっくりするような面白本でした。

登場する監督、映画作品はご紹介できないほどたくさんですが、東京を繰り返し描いた監督としては、ぼくらがよく知っている小津安二郎成瀬巳喜男、そして川島雄三の作品がしばしば登場してきます。この本のことは細かく記録しておきたい気持ちがありますけど、今はこのへんでとめないと、道をそれてしまうので、昭和20〜30年代の東京の街に興味のある方は、ぜひとも読んでくださいな、といって話を映画『秋立ちぬ』にもどします(笑)。


『秋立ちぬ』は、築地が舞台で、銀座のデパートの屋上*1、現在はそのあとを高速1号線が走っている築地川、埋め立て中の晴海などが、背景に登場します。

映画の背景のお話ばかりしましたけど、内容は一級の成瀬巳喜男作品です。成瀬巳喜男の代表作といえば、たいていは女性が主人公ですが、『秋立ちぬ』では子ども。しかし、子どもでも成瀬巳喜男の眼が甘く曇ることはなく、全編に無常観が漂います。


映画のスジは、ringoさんの『リンゴ日記』(2006年6月5日)に詳細に書かれておりますので、こちらを参考にしてください。ここでは、簡単に記します。

働き手の父を亡くした少年(大沢健三郎)は、信州から母(乙羽信子 )に連れられて、東京築地の親戚に身を寄せる。母は近所の旅館へ女中として務めるが、まもなくそこの客(加東大介)と駆け落ちをしていなくなってしまう。ひとりぼっちになった少年だが、その旅館の女の子(一木双葉)と気があい、二人で銀座のデパートの屋上や、埋め立て中の晴海へ出かけたりして、仲良く遊ぶ。

しかし、一見裕福そうな少女は、おめかけさんの産んだ娘で、急に旅館を売ってしまうことになったため、知らないうちにどこかへ引越してしまう。少年はまたひとりっぼちになって、少女にやるはずだったカブトムシをからだに這わせながら、新富橋(?)へひとりでたたずむ……。


駆け落ちした母に見放され、近所の子どもたちには、田舎者と笑われ、身を寄せた親戚には「男に狂った女」の子ども、と冷ややかに見られ、唯一の救いだった少女は、突然引越していなくなってしまうという、少年には容赦のない作品です。なんの解決もありません。

少年の母が、お客さんと関係が深くなって、駆け落ちしていく様子は、たいへん簡潔な描写ですませています。これもまた一編の作品となるような陰のストーリーですが、成瀬はそれをくどくど描くことなく、作品の行間にとどめるのみ。

さらに、ringoさんも書かれているように、「中年の女が男に狂うと怖いんですって」とおとなのことばを受け売りするのは、少年と唯一親しい少女ですから、母に逃げられた少年には残酷ですが、そのまま母が陥ってしまったのっぴきならない状況の説明になっています。

恐るべし成瀬巳喜男。傑作です。


昨日、今日で、成瀬巳喜男溝口健二の名作・傑作を続けて3本堪能しました。録画したDVDを提供してくださったringoさん、本当にありがとうございます。映画って、やっぱりいいですね(笑)。

*1:デパートの屋上=ringoさんのブログでは松阪屋と説明されています。ここから少年たちは東京湾を眺めます。今は高いビルに遮られて見えないでしょうが。