かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

是枝裕和監督『歩いても 歩いても』(公開中)



人生はいつもちょっとだけ間に合わない……成人して家を離れた子供たちと老いた両親の夏の一日をたどる家族劇


「誰も知らない」是枝裕和監督が描く、家族ドラマ。長男の15周忌で実家に集まった次男一家や両親の姿を静かにとらえ、温かだが時に厄介な家族の関係を見つめていく。


(「CINEMA SCRAMBLE」より)


公開中なので、内容には細かく触れません。


ひとことでいえば、徹底的にディテールにこだわりつくした作品です。


練りに練られたセリフを書いたのも是枝裕和、それを的確に演出するのも是枝裕和。やっぱりこのひとは、ただものではないです。


是枝裕和監督の『誰も知らない』を見たとき、こういう映画は過去に見たことなかったなあ、という斬新な印象をもちましたけど、この『歩いても 歩いても』も、こういうホームドラマの描き方は見たことがない、とおもいました。常に視点に新しさを感じます。


是枝監督は、ドラマ性を最小限に抑え、集まった家族のありふれた日常会話を、そこにたまたまカセット・レコーダーが置いてあっただけ、のように、掬いとって、作品にしています。


会話はおっとりとしてユーモラスで、子供は生き生きと動き、なのに、時々家族の中へピリピリ軋みが走ります。


といっても、それは日常を大きく逸脱するようなものではありません。是枝監督は、この辺のバランスがほんとうにうまいひとです。


出演者は、みんな適切に是枝流<自然主義>をこなしている。


阿部寛夏川結衣、YOU、高橋和也原田芳雄樹木希林、そして子供たち。おおげさなものは、どこにもない。子供たちも、ごくごく自然……。


どの俳優も、「いるよね、ああいうひと」を、演じていますけど、特にYOUの夫を演じた高橋和也の軽さがいい。明るくて、くったくがない男。この役を配置したことで、話が煮詰まりそうになると、彼が登場して、作品に涼しい風が通る。みごとな脇役の配置です。


以前、tougyouさんとわたしは、夏川結衣について話しましたが、そのときに、<好きな女優だけど、これという彼女の出演する映画が思い出せません>というようなことを申しました。でも、いまは、この作品が彼女の代表作の1つになることは間違いありません。


tougyouさん、やっぱり夏川結衣はいいですね。


東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン』(松岡錠司監督)は、ウンザリする作品で、樹木希林は、日本アカデミー賞「主演女優賞」の受賞に、戸惑っているようでした。あの涙涙涙の母親役に満足していたのなら、今度の役はできません。


『歩いても 歩いても』の樹木希林は、持ち味を発揮して、これで主演女優賞か助演女優賞の受賞なら、樹木希林自身も、十分なっとくがいくのではないかとおもいます。


しかし、きっと日本アカデミー賞は、こういう作品に目をとめないでしょう。予想が裏切られれば、うれしいのですが。


是枝裕和監督と出演者が、こんなすばらしい作品を撮ったのだから、あとは映画ファンがそれを正当に評価して、興行的にも成功することを祈るばかりです。


映画館で『歩いても 歩いても』を見ましょうね(笑)。


【追記】:最後に出てくる、3年後は、必要でしたでしょうか。老夫婦が階段をゆっくり登っていく。主人公のナレーションがはいる。階段の上に登ってゆく老夫婦が、スクリーンから消える。そこで、老夫婦の死を説明して終ってもよかったのでは……そんな気がしましたけど、ご覧になった方はいかかでしょうか。