- 作者: 大場建治
- 出版社/メーカー: 晶文社
- 発売日: 2014/01/31
- メディア: 単行本
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「あとがき」によれば、著者は、はじめタイトルを「小説 田中絹代」と、考えていたという。
事実の集積ではあっても、そこに生じる空白の領域は、自由な発想で埋めていく。小説なら、ノンフィクションの窮屈さから解放されて、想像の翼を拡げやすい・・・。
映画監督と女優の関連を考えるとき、小津安二郎と原節子、溝口健二と田中絹代、という構図が一般的。しかし、著者は小津安二郎と田中絹代に恋愛感情が存在していた、という仮説のもとに、日本映画史をひも解いていく。
事実関係はどうあれ、ともかく本著はおもしろかった。
戦前から戦後まで、次々名画が簡潔に紹介され、それにかかわった監督、俳優、スタッフのエピソードなどが描かれていく。登場人物の豊富なこと。
主人公は、田中絹代と小津安二郎だが、清水宏、城戸四郎、成瀬己喜男、五所平之助、飯田蝶子、野田高梧、桑野道子、佐分利信、佐田啓二、笠智衆・・・等々、思いつくままあげてみたが、いちいちあげていったらキリがないほど、魅力的な脇役があとからあとから登場してくる。
古い日本映画が好きなものには、たまらない(笑)。
★
小津安二郎と恋愛関係にあったといわれる小田原の芸者・森榮(もりさかえ)も登場する。
本著によれば、小津の母も妹も、ふたりが結婚することを望んでいたようだ。それほど気立てのいい女性だったようで、それが文章の説明ではなく、具体的な場面として描かれているのが、小説=フィクションの楽しいところだ。
わたしは、川崎長太郎の小説などでも、名前と存在はよく知っていたこの女性を、はじめて具体的なイメージでつかむことができた(たとえ実際とちがっているとしてもその方が楽しい)。
小津が戦場へ行くとき、お守りを渡し、無事に戦場から帰って、そのお守りを森榮に返すと、彼女は死ぬまでそれを大切に保存していて、91歳で亡くなったときは、棺に一緒に収めてもらった、という話も、ちょっと泣かせる。
小津の家族にも気にいられていたとすれば、小津が森榮と結婚しなかったのはなぜだろう?
その謎は、この本を読んでもやっぱり残ったままだ。
★
もちろん、田中絹代をはじめ、魅力的な女優・男優たちも次々登場する・・・結果、古い映画を、もう一度新鮮に見直したくなる。
そういう刺激を受けながら、楽しく読了した。